2010.03.22
感動の皿 NO4

4・親切と屈辱と 
 
「よく来たね」。私を迎えてくれたのは、ムッシュ・トーマスの笑顔と大きな手だった。まるで旧知の友人を迎えるかのような、さり気なさ。差し出されたその手の温もりは、今も忘れることができない。日本を発ってから始めて経験した人の心の暖かさ。私は感激で胸が震える思いだった。張りつめていた糸がゆるみ、涙ぐみそうになった。 
その日出された夕食は、23年たった今も鮮明に覚えている。トマトとキュウリ、セロリをベースにしたパセリ風味の冷たいポタージュ。メインはロースハムにマカロニのバター炒め。そしてサラダとチーズ。フランス料理は豪華できらびやかなものばかりだと思っていた私は、フランスの家庭料理がとても質素だったことに驚いてしまった。このことが分かっただけでも、フランスに来て良かった、自分の選択は間違っていなかったのだと確信し、一人安堵した。記念すべきフランスでの初日は、こうして更けていったが、興奮していた私は、ベッドに入ってからもなかなか寝つくことができなかった。 翌朝、ムッシュ・トーマスは、「フランス料理を学びに来たのなら、ぜひ行こう」と郊外で開かれている市場に連れていってくれた。そこには、私が持っていた市場のイメージを根本から覆すような、目を見張る光景が広がっていた。半身になった骨つきの牛、皮をはいだウサギ、野鳥、切り分けられた豚、羊、子牛、何十種類ものチーズに、みずみずしい香りの野菜、果物、汐の香りがする新鮮な魚介類、そして、カフェで立ち飲みする商人たち・・・。そこには、あふれるような生命感がみなぎっていた。私は、「これが、フランス料理の原点なんだ!」
と、目の前の光景に、体が震えるような大きな感動を覚えた。心細さに泣きそうになりながらシャルル・ド・ゴール空港に降り立ってから2日目にして、フランス料理の原点に触れることができた自分。今こうしてこの地に立っている現実に、計り知れないほどの満足感を覚えた。と同時に、やる気が一気に高まり、翌日からはノートを片手に市場に出掛け、食材の種類、名前、値段、買い方など、あらゆることをメモしていった。 
こうして、1か月が過ぎた。その間、トーマス夫妻は、週末ごとにさまざまな人を夕食に招き、幅広く私を紹介してくれた。しかし、いつまでもトーマス家に居候をしている訳にもいかない。働き口を探さなくては、と私は焦り、仕事を探し始めた。でも、どこへいっても私を雇ってくれるところはなかった。それも、そのはず。外国人が働くためには、フランス政府が発行する滞在許可証と労働許可証が必要だったのである。無鉄砲に日本を飛び出して来た私は、観光ビザしか持っていなかった。 
今考えてみると、情熱ばかりが先走り、それを実現するための具体的な予備知識を全く持たないまま渡仏した自分の軽率さに、我ながらあきれてしまう。こんな大事なことも知らなかったなんて、トーマス夫妻にはとても言えない。とにかく、なんとかするしかないと自分を励ましていたものの、表情にも焦りが出ていたのだろう。トーマス夫妻は、私の状況を察知したかのように、滞在許可証(カルト・ド・セジュール)取得のために、色々な機関に問い合わせをし、奔走してくれた。が、当時、日本人に許可証が発行される可能性は極めて低かった。当時、ヨーロッパの伝統的な社会では、日本人はアジアからやって来た金持ちで文化度の低い人間だと見られていた。同じ人間なのに、自分という存在を認めてもらえない悔しさ。まるで自分をゴミのように扱うフランスという国を恨み、憤りを隠せなかった。 
市役所での屈辱的なやりとり。外国人の私に浴びせられる冷ややかな視線。フランス人でさえ職がないのに、日本人のお前にやすやすと滞在許可証や労働許可証を発行できるものかとでも言いたげな態度。ここはフランス。学生が簡単にアルバイトを見つけられる日本とは違うのだ。巨大な法律の壁が目の前に立ちはだかり、私の夢を破ろうとしている。「絶対に負けられない!」そう自分に言い聞かせ、気持ちを奮い立たせていたが、ついに、帰国の切符の予約を余儀なくされる日がきてしまった。「必ず、戻ってくるぞ!」。私はその言葉を全身全霊にたたきつけるように繰り返し、刻み込んた。

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