2010.03.31
感動の皿 NO7

7・いつか来るチャンスのために
 
 「バカヤロー!こんなソースはフランス料理ではない。日本料理だ。何やってんだオマエは!」。
毎日のように、こんな罵声が私に襲いかかってくる。憧れのソース部に入って半年近く。来る日も来る日も先輩たちが作ったソースを漉したり、ブイヨン(だし汁)の下準備の用意などであっという間に単調な毎日が過ぎていった。しかし、私は若い料理人が嫌がるそんな仕事を、決して投げやりには扱わなかった。むしろ、自ら率先してその作業を真剣に繰り返していった。そして、いつしかブイヨンの香りや色、つや、野菜の煮上がり具合、骨の砕け方を見極めて、ソースの状態が分かるようになり始めていた。
 実力のある者が上に立つ。年上であろうと、仕事の出来ない者はぞんざいに扱われ、いつまでも良いポストにつけない。それがフランスの料理界だ。年功序列を重んじる日本社会に納得のいかない気持ちもあって渡仏した私だったが、想像以上に凄まじい実力主義の現状に、最初は、ただただ圧倒されるばかりだった。
 これは、どんな職業についても言えることだが、毎日同じ仕事をただ漫然と繰り返しているだけでは、進歩や成果が得られないままに、月日は過ぎていく。しかし、自分の実力を発揮し、他人よりも少しでも秀でたいという思いがあれば、積極性を持って仕事に取り組む姿勢が何よりも必要だ。しかも、それが好きな仕事であれば、多少の困難をものともせず、情熱を傾けることができる。まさに、私はそういう状況の中にいた。        
 私は、この下積み期間が、ある日突然やって来るかも知れないチャンスに応えるための準備訓練だと自分自身に言い聞かせていた。チャンスを与えられた時に、自分がどれ程のレベルの人間でいるかによって、その人の将来は大きく左右される。せっかくチャンスを与えられとしても、それを的確に判断し、行動できるレベルの人間に成長していなければ、チャンスはおのずと遠ざかってしまうだろう。人の人生を変えてしまうほどのビッグチャンスは、誰にでも一生の内に1度や2度は必ず訪れるものだと思う。私は渡仏して以来、いつ来るか分からないそのチャンスの到来を待ちながら、屈辱に耐えて「負けるもんか!」と必死に頑張ってきた。

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