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ウエディングドレスレンタル

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7・いつか来るチャンスのために
 
 「バカヤロー!こんなソースはフランス料理ではない。日本料理だ。何やってんだオマエは!」。
毎日のように、こんな罵声が私に襲いかかってくる。憧れのソース部に入って半年近く。来る日も来る日も先輩たちが作ったソースを漉したり、ブイヨン(だし汁)の下準備の用意などであっという間に単調な毎日が過ぎていった。しかし、私は若い料理人が嫌がるそんな仕事を、決して投げやりには扱わなかった。むしろ、自ら率先してその作業を真剣に繰り返していった。そして、いつしかブイヨンの香りや色、つや、野菜の煮上がり具合、骨の砕け方を見極めて、ソースの状態が分かるようになり始めていた。
 実力のある者が上に立つ。年上であろうと、仕事の出来ない者はぞんざいに扱われ、いつまでも良いポストにつけない。それがフランスの料理界だ。年功序列を重んじる日本社会に納得のいかない気持ちもあって渡仏した私だったが、想像以上に凄まじい実力主義の現状に、最初は、ただただ圧倒されるばかりだった。
 これは、どんな職業についても言えることだが、毎日同じ仕事をただ漫然と繰り返しているだけでは、進歩や成果が得られないままに、月日は過ぎていく。しかし、自分の実力を発揮し、他人よりも少しでも秀でたいという思いがあれば、積極性を持って仕事に取り組む姿勢が何よりも必要だ。しかも、それが好きな仕事であれば、多少の困難をものともせず、情熱を傾けることができる。まさに、私はそういう状況の中にいた。        
 私は、この下積み期間が、ある日突然やって来るかも知れないチャンスに応えるための準備訓練だと自分自身に言い聞かせていた。チャンスを与えられた時に、自分がどれ程のレベルの人間でいるかによって、その人の将来は大きく左右される。せっかくチャンスを与えられとしても、それを的確に判断し、行動できるレベルの人間に成長していなければ、チャンスはおのずと遠ざかってしまうだろう。人の人生を変えてしまうほどのビッグチャンスは、誰にでも一生の内に1度や2度は必ず訪れるものだと思う。私は渡仏して以来、いつ来るか分からないそのチャンスの到来を待ちながら、屈辱に耐えて「負けるもんか!」と必死に頑張ってきた。

6・飛躍か挫折か?

 

 ナントのホテル「フランテル」を皮切りにスタートした料理人としての私の修行人生。フランス料理界で腕を磨き名を高めていくためには、料理長の推薦を得て、2~3年ごとに働き先を変え、修行を積むのが普通である。

渡仏から5年後、私に大きなチャンスが巡ってきた。1979年度のフランス国家最優秀料理人、フランシス・トワソリエ氏に師事できることになったのだ。しかし、「料理界の暴れん坊」との異名を持つ彼の下では、決して失敗は許されない。

 「やめた方がいい」。30代後半でフランス料理人として最高の栄誉を手にしたトワソリエ氏に師事することになった私に、先輩の多くは反対した。が、私に迷いはなかった。渡仏以来、氏の噂はあちらこちらで耳にしていたが、実際どんな人物なのかは師事してみないと分からない。私は、チャンスが巡ってきたと思っていた。飛躍か、挫折か。私の料理人生の賭の扉が、今まさに開こうとしていた。

 そして迎えた初出勤の日。緊張感に包まれたまま、朝、8時15分にホテル到着。案内された4階のキッチンでは、既に若い料理人が仕事をしていた。「ボンジュール、ムッシュ」。笑顔で挨拶され、緊張が少し溶けた思いだった。しばらくすると、副料理長のアラン・ブリュネル氏が出勤してきた。「セガワさんですね、お話は聞いております」。ちなみに、彼は、後にエリザベス女王御用達のレストラン「ウストー・ド・ヴォーマニエール」の総料理長に抜擢されることになる人物である。それから1時間半程して、ようやくトワソリエ氏が姿を見せた。「なんて鋭い眼光なのだろう・・」。これが氏に対する第一印象だった。年齢の割に多い白髪が、迫力を増大させている。フランス人としては決して体が大きい方ではないが、全身からみなぎる強烈なパワーに私は圧倒されそうだった。

 私の配属先は、「ギャル・ド・マンジェ(コールセクション)」。ここは、肉・魚・野菜などの下処理や全てのオードヴルを調理する部署だ。仕事量が一番多く、毎日の仕込みに追われるが、それだけに学ぶこともたくさんある。スタッフは10名。指揮をとるのは、やがて私の大親友となるマリオ・ヴィーノ氏。彼は、後にリオン市にあるプロのための真空調理専門学校でジョージュ・プラリュー氏の右腕となり、世界に真空調理法を広めた立役者の一人になった。

 初日のサービスが始まった。ワクワクしながら、ギャルソン(ボーイ)からのオーダーを待つ。オーダーの読み上げと、料理を出す前の最終チェックは、副料理長の担当だ。彼の一声で各部署が一斉に動きだした。先程まで静寂を装っていたキッチンも、料理人たちの熱気と活気に満ちあふれ、戦場のような凄まじさだ。トワソリエ氏の下に志願してきたスタッフたちは、フランス各地の名のあるホテルやレストランで修行してきた強者ばかりである。どんな部署にいようと、皆、真剣なまなざしで一皿一皿に情熱と誇りを込めて自分の仕事に取り組んでいる。これが、プロフェッショナルなプライドなのか。私は、改めてフランス料理の奥深い伝統と歴史を感じた。

 ここで、私はプロの料理人の本当の厳しさを初めて知ることになった。パーフェクトを追求する気迫の人トワソリエ氏に師事しながら、スキあらば自分をアピールして上を狙おうという、覇気に満ちた料理人たち。同僚に同情している余裕など微塵もない。蹴落とすか蹴落とされるか。蹴落とされた者は、自分の力で這い上がるしかない。そんな様子を目の当たりにして、私は気を引き締めていった。まさに、ここは選ばれたプロたちが一流の味を追求し、一流のサービスをお客様に提供する場なのである。

 そして、3か月後、私はソース部へ大抜擢された。ソース部は、すべての料理を調理し、ソースを仕上げていく重要なセクションで、いわば、キッチンの花形。誰もがここで働くことを夢見ながら、日々努力しているのである。もちろん私も例外ではなく、大抜擢に天にも上る気持ちだった。その喜びようは、傍目からみても相当なものだっただろう。しかし、ここからが私の本当の意味での試練の幕開けだった。

5・仏語の猛勉強
                                                           
 トーマス一家が私のために開いてくれたお別れパーティ。私は結局観光ビザで滞在できる3か月をトーマス家で過ごしたのだが、この間に知り合った人達が大勢集まってくれた。その気持ちは、私の心に染み入るようにうれしかったが、どんな慰めの言葉もその時の私には虚しく聞こえた。そんな中、「パパなら、滞在許可証をなんとかできるかもしれないわ」。一人のレディが私に声を掛けた。しかし、これまでトーマス夫妻をはじめ、多くの人が私の滞在許可証取得のために尽力してくれたが、良い返事は得られなかったのだ。せっかくの彼女の言葉にも期待が持てず、私はただ、漠然とうなずくだけだった。
 それから3日後、帰国の準備をすっかり整えた私のもとに、ナントの市役所から突然電話が入った。電話に出たマダム・トーマスの口から「カルト・ドゥ・セジュール(滞在許可証)」の言葉が!マダムの声が次第に大きくなり、顔が紅潮してくるのが分かる。潤んだ目で電話を終えたマダムは「良かった、良かった」とまるで自分の息子のように私を抱きしめてくれた。土壇場の逆転勝利だ。 
 劇的に滞在許可証を取得することができた私は、トーマス夫妻の奔走によって、ナントの四つ星ホテル「フランテル」に就職することになった。運命的な出会いをいくつも重ねて、ついに料理人としての第一歩を踏み出し、夢の階段を上り始めるのだ。私は有頂天になっていた。「フランテル」で料理の総指揮をとっていたのは、後にレストラン「ポール・ボーキューズ」の料理長となる、ムッシュ・ジャン・ルーという名のフランス人。「フランス国家最優秀料理人賞(M.O.F)」を受賞している素晴らしいグランシェフだ。
 待ちに待った初出勤の日。高鳴る胸を抑えてホテルの門をくぐった。「ボンジュール、君が日本からフランス料理を学びに来た、セガワさんですか」とジャン・ルー氏は右手を差し出しながら言った。とても優しいジェントルマンだ。私は、ほっとした。私はオードヴル・サラダ部へ配属された。何もかもが珍しく、野菜を洗ったり、ちぎったりする単調な作業の繰り返しも、全く苦にはならなかった。しかし、そんな楽しい日々は長くは続かなかった。2か月を過ぎたころから同僚の失敗を私の責任にされるようなことが度々起きるようになったのだ。悔しいけれど、私は反論できるほどの語学力がなく、自分の言いたいことを相手に伝えることができなかった。
 屈辱的な日々に、眠れぬ夜。仕事を終え、アパートに帰ると、たまらない孤独感と絶望感に襲われた。そんな日がどれ程続いただろう。しかし、落ち込むだけ落ち込んだら、今度は、持ち前の負けん気が戻ってきた。「このままでは、だめだ」。そのころから、私は死に物狂いでフランス語の猛勉強を始めた。腰に赤と黒のマジックペンを下げ、聞いた言葉を書いていくことにした。しかし、厨房の中では手を止めてメモをとることができない。そこで冷蔵・冷凍室の整理を率先して引き受けるようにし、食材が入った段ボール箱に、耳にしたフランス語を片っ端からカタカナで書き留めていった。仕事が終わると、それをノートに書き写して家で意味を調べる。スペルが正確ではないので、一晩中かけても分からない言葉も多かった。ホテルの同僚に聞くと馬鹿にされるのは目に見えている。私は、メモを持って行きつけのカフェに行き、そこのギャルソン(ボーイ)にスペルや言葉の意味を教えてもらった。
 必死で言葉と格闘する毎日を半年余り続けただろうか。この間の私は、料理よりもフランス語の修得に力を注いでいたように思う。しかし、その甲斐があって、少しずつ言いたいことがフランス語で話せるようになり、かつてのようなトラブルもなくなった。この経験から、言葉というのは生活に必然性がなければなかなか覚えられないことを実感した。ここでは、人に頼ることはできない。何事も自分自身で解決していかねばならないことを肝に命じた。
 ある日、料理長が冷凍室の段ボールに書かれた文字を見て、私がここで勉強していたことを知り、私の努力を認めてくれた。それからが私の本当の料理修行のスタートだった。とにかく一流になるためには、人の何倍も努力するぞと、神経を張りつめて仕事に立ち向かった。

2009.07.20
結婚式

皆さんこんにちわ
昨日はブランシュネージュにて結婚式が行われました





今までの結婚式とはまったく異なった、コンサート形式




新郎様はめちゃめちゃ歌がうまいんです楽器もいけちゃうんですバンドマンなんです




ご身内の皆様もうまいんです




教会での人前式のピアノ演奏&牧師さんパーティーでのライブ




感動でした




その音楽に酔いしれる新婦様感動でした




音を楽しみながらいつまでもお幸せに




ではでは

2009.07.10
デザート

皆さんこんにちわ




今日はデザートをご紹介




今回ご紹介するのはこーふぃー風味のミルフィーユです









ミルフィーユのまわりに、果物達が集合しています




パイはサックサク、果物は甘酸っぱく、とても良いハーモニーです




あ~~食べたい・・・




ではでは

2009.07.09
オードブル

皆さんこんにちわ




昨日のオードブルは一味違いました




じゃじゃ~~~ん





マダイのタルタル仕立てラングスティーヌを添えて




どうですか




美味しそうでしょ~~~




美味しいんです




また新たなメニューが出来次第UPしますね次回はミルフィーユかな~~~




dewadewa

2009.07.06
結婚式

皆さんこんにちわ・・・




昨日はブランシュネージュで結婚式が行われました




お若い二人は幸せいっぱいの笑顔ご来賓の方々も暖かく素敵な結婚式となりました




なかでも、パーティー中のビンゴゲームでは皆様大盛り上がりでしたそして今回、




卓上に飾られたお花は新郎新婦のお知り合いが結婚式の為にコーディネート




お二人の素敵な結婚式の演出に花を添えていました(花だけに・・・




そんな素敵なお仲間にそして素敵な御身内に囲まれながら素敵な未来を満喫して下さいね




いつまでもお幸せに




ではでは

2009.06.21
結婚式

皆さんこんにちわ




昨日は結婚式がブランシュネージュにて行われました




あたたかい結婚式となりましたのも、お二人の人柄が会場いっぱいに広がったからだと思います




いつまでもお幸せに




皆さんこんにちわ




深川市は今日からお祭りですどーか雨は降りませんように




さーて結婚式頑張るぞ~~~




ではでは

2009.06.14
結婚式

皆さんこんにちわ




昨日は結婚式がブランシュネージュで行われました




ちょっぴり緊張気味の新郎新婦お二人の周りには沢山のご友人とご親族に囲まれながら




和やかな雰囲気でパーティーが進んでいきました




お二人いつまでもお幸せに




実は新郎新婦さんは私と同じ年齢(私はかなり気合入ってました)




ではでは




皆さんこんにちわ




明日は結婚式が行われます幸せなお二人を最高のおもてなしで迎えられるよう




しっかり頑張ります




楽しみ楽しみ




ではでは
皆さんこんにちわ




あったか結婚式をめざしているブランシュネージュでは、約30名様~100名様の




少人数の結婚式をプロデュース




身近に新郎新婦を感じながらのレストランウエディングのような空間で楽しいひとときを




過ごして頂けるよう努力しています




色々なニーズに合わせたサービスをご提供できるように頑張ります




是非ご相談下さい




ではでは
皆さんこんにちわ




もうすぐ6月になろうとしています6月と言えばJUNEブライド




結婚式の季節ですね




ジューン(June)というのは、ローマ神話の最高女神です。結婚と出産を司るユノー(Juno)に由来しています。





彼女に捧げる月である6月(ジューン)に結婚するジューンブライド~6月の花嫁は、





その守護ゆえに幸せになれるという説となっているそうです




ブランシュネージュで幸せをつかんでみては・・・




ではでは
皆さんこんにちわ本日はいかがお過ごしでしょうか




昨日、ブランシュネージュでは結婚式が行われました




すごくアットホームで、二人の温かさ人柄が沢山感じられる結婚式となりました




本当におめでとうございますいつまでもお幸せに




ブライダル業界で働くと、お客様からたくさんの感動を頂けます




私たちもお客様に感動をご提供出来るよう、また頑張っていきたいと思います




皆様、これからもブランシュネージュを宜しくお願い致します




ではでは
PS・・・・・昨日の新婦さんの妹さんのサプライズ、感動









皆さんこんにちわ




今日は駅前にあるブランシュネージュのブライダルルームをご紹介




ブランシュネージュはレストランと結婚式のご案内場が別になっています




駅前(深川市2条9番30号)にあるのが結婚式についてご案内する場所で




中には沢山のドレス、ご説明の資料、結婚式に関するアイテムがいっぱい




皆様を幸せにする準備が整っております




是非一度、ご来店ください




今日、ショウウィンドーに飾ってある新作ドレスは




純白のウェディングドレスとパープルのカクテルドレス




素敵ですよ~~~きっと目を引くはず




ではでは

お問い合わせ・お見積もり

ウエディング&フレンチレストラン「ブランシュネージュ」
TEL.0164-26-2880
ランチ 11:30~15:00(14:00 ラストオーダー)
ディナー 17:00~21:00(19:00 ラストオーダー)

〒074-0014 北海道深川市開西町2丁目8番38号
定休日:毎週火曜日(祝・祭日を除く)